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名古屋高等裁判所金沢支部 昭和39年(う)8号 判決 1964年5月12日

被告人 田辺友吉

主文

原判決中、被告人に関する部分を破棄する。

被告人を懲役一〇月に処する。

但しこの裁判確定の日から三年間、右刑の執行を猶予する。

押収にかかる一、〇〇〇円紙幣六枚(証第一号)を没収する。

理由

所論に対する判断を示すに先だち、職権を以て、原判決の事実理由と法律理由とを比較検討するに、原判決は罪となるべき事実として、被告人は昭和三八年四月三〇日施行の富山市議会議員選挙に際し、同年一月初旬より立候補を決意し、同年四月二〇日立候補の届出をなしたものであるが、第一、自己の当選を得る目的で、一、同年一月下旬から同年四月一九日までの間、前後一四回に亘り、単独又は他人と共謀のうえ、同市内において、同選挙の選挙人計一三名に対し、自己のための投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動の報酬等として、現金又は物品の供与又は供与申込をした(原判示第一の一の(一)乃至(一二)、(一四))外、同年三月初旬肩書自宅において、自己の選挙運動者一名に対し、自己のため投票取りまとめの選挙運動を依頼し、その買収資金として、現金を交付し(原判示第一の一の(一三))、以てそれぞれ立候補届出前の選挙運動をなし、二、同年四月二六日頃、肩書自宅において、右選挙の選挙人一名に対し、自己のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動を依頼し、その報酬等として、現金を供与した旨判示し、法令の適用として、被告人の判示所為中、金品の供与又は供与申込をした点は、公職選挙法二二一条一項一号に買収資金を交付した点は、同法二二一条一項五号一号に、立候補届出前に選挙運動をした点は、同法一二九条二三九条一号(なお判示共謀の各事実につき刑法六〇条)に、各該当するところ、判示第一の一の各事実は、一個の行為で二個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段一〇条により、重い供与罪又は交付罪の刑を以て処断すべく、各所定刑中懲役刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四七条本文一〇条により、最も重い判示第一の一の(一)の罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内において、被告人を懲役一〇月に処する旨説示していることは、原判文に徴し、一見明瞭である。而して原判決は右の如く、罪となるべき事実の冒頭及び第一の二において、公職選挙法第二二一条第三項に該当する犯罪事実を摘示していながら、これに対する罰条として、同条第一項第一号を適用しているのであつて、これは明らかに事実理由と法律理由との間にくいちがいの違法を冒しているものであり、延いては併合罪加重後の処断刑の範囲にも、影響を及ぼしているものである。尤も昭和三八年六月一四日附起訴状には、公訴事実として、右原判示冒頭及び第一の二の事実と同旨の事実を摘示していながら、罰条として、右原判決の適条と同一の法条を掲げており、原審公判において、右罰条を変更する手続が執られていないけれども、原審においては、右起訴事実を中心として事実上及び法律上の弁論が尽くされていること記録上明らかであるから、右罰条の変更なくして、適正な該当法条(それが重い刑を規定するものであつても)を適用して裁判しても、被告人の防禦に実質的な影響を及ぼすものでない(高裁刑事判例集三巻二三五頁以下所載札幌高裁昭二五、六、二四判決参照)から、原判決はやはり、理由くいちがいの違法を冒したものとして、破棄を免れない。本件控訴は、結局において理由がある。

よつて所論に対する判断を省略して、刑事訴訟法第三九七条第一項第三七八条第四号に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において更に判決をする。

(罪となるべき事実及び証拠)

当裁判所の認定する被告人の犯罪事実は、原判決摘示事実と同一であり、これを認める証拠は、原判決挙示の証拠(但し原判示第一の一の(一三)の事実認定の資料である新田辰治の検察官に対する供述調書の日附が昭和三八年五月八日となつているのは、同月二〇日の誤記と認める)と同一であるから、これ等原判決の記載を引用する。

(法令の適用)

被告人の原判示第一の一の所為中、各金品の供与又は供与申込の点は、いずれも公職選挙法第二二一条第一項第一号に、買収資金交付の点は、同条第一項第五号第一号に、各立候補届出前に選挙運動をなした点は、いずれも同法第二三九条第一号第一二九条(なお以上の所為中、共謀にかかるものは、刑法第六〇条)に該当するところ、右供与、供与申込及び交付の所為は、いずれもその際犯した右事前運動の所為と刑法第五四条第一項前段の関係があるから、同法第一〇条に則り、いずれも重い前者の罪の刑に従い、原判示第一の二の所為は、公職選挙法第二二一条第三項第一号第一項第一号に該当する。而して以上は刑法第四五条前段の併合罪の関係にあるから、所定刑中いずれも懲役刑を選択したうえ、同法第四七条本文第一〇条に従い、そのうち最も重い原判示第一の二の供与罪の刑に法定の加重をなし、その刑期範囲内において、被告人を懲役一〇月に処し、更に同法第二五条第一項を適用し、この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予すべく、押収にかかる一、〇〇〇円紙幣六枚(証第一号)は、原判示第一の一の(一四)の供与申込罪を組成した物件であり、犯人以外の者に属しないものであるから、同法第一九条第一項第一号第二項に則り、これを没収する。

以上の理由により、主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)

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